連載「15歳の品格」
連載「15歳の品格」

連載「15歳の品格」

編集部で唯一30歳を超えているシトズカと申します。
早いものでMOUTAKUSANDA!!! MAGAZINE編集部の
オーディションを受けてからかれこれ数か月が経ちます。
一次審査はダンス、二次審査はコーラの早飲み、
そして三次審査はフリーアピールだったので
上方落語の演目のひとつ「猫の茶碗」を裏声で披露したところ、
長い沈黙のあと編集長に「コレハキミガカンガエタオハナシ?」と
問われたので、とっさに「答えはイエスだ」と言い放つと、
なぜか膨大な量の原稿用紙をわたされてしまいました。
そして「オイテメェ、ニゲルンジャネェゾ?」と
ありがたきお言葉をいただき、晴れて編集部の一員となったのです。
そして僕に与えられた仕事は「30歳」という
お題で何か書けという実にあいまいなもの。
それからというもの、中央線のとある街にあります
MOUTAKUSANDA!!! ハウス(編集部)で鬼軍曹の監視のもと、
終わることのない原稿に夢中でペンを走らせておる次第であります。
毒にも薬にもならないようなオハナシですが対岸の火事だと思って
ご覧いただければこれ幸いでございます。

第一話 運命のダダダダーンッッ

結論からいうとなんにも変わっていない。
30歳という節目は僕に妙な緊張感を与えたが、
喉元過ぎればというか越えてしまえばなんともない。
それがいいのか悪いのかはわからないが
大人になることは随分前に諦めている。
男はバカなくらいがちょうどいい。
こいつと長く付き合っているうちにそう思えてきた。

それに気づいたのは15歳のときだった。
シャワーを浴びいつものようにカラダを洗う。
首から左腕、左脇、右腕、そして右脇は一層丹念に洗い、
脇腹、胸へと続ける。するとある異変に気づいた。
胸の真ん中あたり(やや左乳首寄り)に
1本の産毛らしきものが生えていたのだ。しかも妙に長い。
親指と人さし指で毛の根元をつまみスーッと
毛先まで滑らせてみる。ゆうに5センチは超えているだろうか。
「……いや、まわりの毛との温度差!」
久しぶりにツッコミに力が入る。
気がつくとシャワーそっちのけで何度も指を滑らせていた。
もうすぐ「深夜の馬鹿力」がはじまってしまうというのになんてことだ。
本当なら「なんだこれエイッ!」と抜いてしまい、鼻唄をやりながら
颯爽とシャワーを済ませたいところだがそれができない。
こういうものを見つけてしまうとなぜか大事にしなきゃと
思ってしまうたちなのだ。まあとにかくだ、抜くのはちょっと違うよな。
そう自分に言い聞かせもう一度指を滑らせみた。

宝毛は福を呼び寄せる。実はそう聞いたことがあった。
今自分の胸に生えているこの細くて白く長い名もなき産毛はその
“宝毛”なのだろうか。ならばなおさら……。
風呂からあがりそんなことを考えながら体を拭く。
タオルの繊維に絡まないように気を遣い、
ティシャツは頭だけを先に入れ、胸に当たらないように慎重に着る。
ひと手間かかるが嫌ではない。部屋に戻るなりすぐさま裸になって
胸の真ん中あたりに視線を送る。よかった無事だ。

しかしなんだろか瞬時に生まれたこの愛着感は。
「自分なんて……」といわんばかりにひっそり佇む控え目な感じ。
しかし際立つ長さがそれを隠しきれていない。
もしこいつが170cmを超える長身小学生ならば、
規定のバス運賃を払ったのにもかかわらず、
「おう兄ちゃん、えらいかましてくれるやないけ」
といわんばかりの運転手の目に怯え、
バックミラー越し映る明らか意識された視線に、
道中居たたまりもない気分を味あわなければならないのか。
かわいそうに。勝手な妄想と同情をしていると
時間だと気づきラジオのスイッチとMDの録音ボタンに手を伸ばした。

服を着なおし布団に潜りこみよきタイミングで寝落ちする。
逃したところは登校途中に聴くのが毎度の楽しみだ。
今日は気分もよいし早めに寝るのもいいだろう。産毛ちゃん、
いや宝毛ちゃんまた明日、オヤスミ。
だが目を閉じてものの1分、ものすごい恐怖感が襲ってきた。
ちょっと待てよ、このまま深い眠りについてしまえばどうなる。
寝相の悪い僕はあおむけをキープする自信がない。
となればモゾモゾしているうちに、布団と胸が擦れてしまい
知らぬ間にかえらぬ毛となってしまうかもしれない。
そういえば聞いたことがある、人は寝ている間に平均20回前後の
寝返りをうつということを。もっとよく考えたらこれは
睡眠に限ったことではないじゃないか。
日常生活にだってその危険性は十分にある。
もし僕が通学途中で急に泡を吹いて倒れたらどうしよう。
そこに状態もわからぬまま、とってつけたような実習で学んだ
救急蘇生法を繰り出す輩(やから)がいたならたまったもんじゃない。
「心臓マッサージは結構です」とどこかにひと言添えておくべきか。
とにかく一つひとつ解決していこう。なにか宝毛を守る物はないか。
とりあえず今日はガチャガチャのカプセルの半球を宝毛にあてがい、
ガムテープで固定して寝ることにしよう。

ふう、やれやれ世話のやける奴だ。
にんまりしながら再度目を閉じる。
同時に明日の体育は柔道だったことを思い出したが
無理やり眠りについた。

連載「15歳の品格」

文/シトズカ

第二話に続く・・・