みなさんご無沙汰しております。
シトヅカです。
この数か月間旅に出ておりました。
とはいっても半ば強制的なものでして、
編集長の趣味であります、タロット占いで、
「オイ、シトヅカ。コレヲミロ。“ウンメイノワ”ガデテキタゾ。
コレドウイウイミカワカルカ。ワカンネーダローナー」
とシュビドゥバ言ってくるもんですから、
「お、お、お、表に出やがれってんべ」
と江戸っ子口調で返してやったところ、
「……レインボーブリッジハマカセタゾ」と
謎の大役を預かることになりました。
それからつい先日まで、大枚をはたき
竹橋にありますホテル日航東京に泊まり込み、
双眼鏡を覗きこんではレインボーブリッジの安全を確認する
という遠方監視警備員(EKK)的生活を送って参りました。
なんて実りある毎日でしょうか。
今は達成感でいっぱいです。
さてさて私の自慢話はさておき、今回もなんやかんやで、
原稿が仕上がりましたのでお試しをいただきたい。
二次会気分でどうぞ。。。
ーこれまでのハイライトー
ある日少年はシャワーを浴びているときに
胸に1本の長い宝毛を発見する。
なんとなく抜けずにいると次第に気になる存在に。
不本意に抜けてなくなってしまうことを恐れた少年は
宝毛をさまざまな危険から守ることを決意する。
ガチャガチャのカプセルで宝毛を覆って眠りにつくなど
宝毛を守護するために試行錯誤の策を練るのだが、
明日、学校では柔道の授業が待ち受けていた……。
■バックナンバー
第三話 糸
お尻が痛い。まだジンジンしている。
チクショー、あんなもん公開処刑じゃないか。
授業を聞かずノートに「桑名」と書き続けていた結果、
先生に見つかり”お仕置き棒“で叩かれた。
おまけに「桑名ってなんだ?」と
みんなの前で問い詰められる始末。
恥ずかしい。とてつもなく恥ずかしい。
おそらく時間にすれば5分にも満たなかっただろう。
しかし体感時間はそれをゆうに超え、
精神と時の部屋にいるかのような錯覚に陥っていた。
「いや、その、あの……」を繰り返す僕。
歯切れの悪さが火に油を注いだのだろう。
”お仕置き棒“は容赦なく僕のお尻に振りかざされる。
1発、2発、3発……。叩かれながら感じた。
間違いない。カリ(フィリピンの武術)の達人だ。
この手首のスナップ、みみず腫れ確定だ。
チャイムに救われなんとか窮地を脱出したが、
心はモヤモヤしたままだ。
ヒップをすりすりしながらため息をひとつ。
うなだれるように机にうつぶせになっていると、
誰かが肩をポンと叩いてきた。
顔を上げると同じクラスの枝吉が立っていた。
なんだか嫌な予感がする。もとい嫌な予感しかしない。
「さっきの、桑名ってなんなん? おまえって2組の桑名のこと好きなんけ?」
やっぱりか。糸が絡まりはじめた。
「いや、ちゃう」
少し冷ために返してみる。
「いや、怪しい。それ怪しいわ。”桑名“っていう固有名詞、
普通出てけえへんもん。お前、桑名のこと好きなんやろ」
……なんだちみは。マーシー(本当は志村けん)ばりに
全力でそう言ってやろうかと思った。
万が一、僕がその2組の「桑名」という子を好きだとしよう。
それがお前とどう関係がある。
寝ている僕を起こしてまでする話なのか。
妙にテンションが高いのも腹が立つ。
「いやちゃうって。2組の桑名なんか知らんもん。誰? そんな女見たこともないわ」
「いや、桑名は男やん」
糸が完全にもつれた。結び目ができている。
「全然ええねんけど、我慢できんかったんか?
まあわかるけどな。つい書いてまうねんな、好きな人の名前って」
ちょ、ちょ、ちょっと待てくれ。何かがおかしくなってきた。
「いやっ、違うって! この桑名はそいつとは違う!
桑名正博や! 月のあかりの!」
語気を荒げる僕。ぽかんとする枝吉。
だがすぐに彼はクスりと笑い、
「ヘタクソかえ。ってヘタクソかえ! そんなごまかし方あるかい!
お前おもろいやっちゃな。ええがな、ええがな!」
やばい。こいつマジのやつだ。化けものが現れた。
何も通じない。というか話をまともに聞いてくれない。
そういえば思い出した。通学のバスでこいつを見かけたとき、
30歳そこそこであろう主婦に席を譲ろうとしていたことを。
とりわけ老けているわけでもない。体調が悪そうにも見えない。
枝吉はこの主婦をおばさんとだけ判断して席を譲ろうとしていたのだ。
えっ? っと思ったのはもちろん僕だけではなかった。
主婦はその現実に驚きを隠せないでいると同時に、
受けいれることができない。
それにもかかわらずやつは、
「いや、ええんです、ええんです! 僕は大丈夫なんで」
とゴリ押しを続ける。
……そういうことではない。
周りはみなそう思っていただろう。何度も繰り返されるやり取り。
ついに諦めたのか赤面しながら渋々座る主婦。
誇らしげに立ち振る舞う枝吉の顔を思い出しながら、
これは丁寧に糸をほどいていかないと、
とんでもないことになりそうだと恐怖を感じた。
どこから何を話していこうか。頭の整理をしていると、
「まあ気にすんな。ええがな、ええがな!」と
ウインクをして僕のもとを去っていった。
「おい、ちょっと、待て。おいっ……」
ドラマで酒井敏也を見るたびに、
なぜだ、なぜ上手く言い返すことができない。
なんでいつもあんたはそうなんだ。
ずっとそう思っていた。
だがそれは大きな間違いだった。強者は、
言い返す間さえも与えてくれないのだ。
こちらが言葉を発せられたとしてもさざ波程度。
その上を大きな波が覆いかぶさり儚く消えていくだけ。
なにも言えねえ。
表現は違えど、このフレーズがのちに世間を
賑わわす流行語になろうとはこのときは思いもよらなかった。
なんて日だ。今日はなんて日なんだ。
またやっかいな問題がひとつ増えてしまった。
気のせいか周りが僕をみてヒソヒソ話をしているように見える。
2限目がはじまる前にトイレに行き、
顔を洗って気持ちを切り替えた。
教室に戻ると枝吉と目があってしまった。
うんうんとうなずきながら、
「ええがな、ええがな!」
と言っている。
なんともいえぬ怒りが込み上げてくる。
「俺はわかっている。安心しろ」
僕のあらぬ気持ちをさも察しているかのような顔。
こいつめ……。
そんなこんなでもはや柔道どころではなく、
宝毛「桑名」のことをほったらかしにしていた。
着席して一息ついたところで、
足の裾に違和感を感じた。
なんだろうと手を入れると
ホワイトテープのついたカーゼが出てきた。
これは……。
そう、それは確かに今朝、胸にあてがったもの。
そして悲劇は起こった。
ぶん・いらすと/シトヅカ
第四話に続く・・・