彼が愛してやまない国産ポップスを50音順に紹介する連載エッセイ。
NYやイビザにいるDJの名前を自慢げに並べ立てる奴と
自国の音楽を哀愁と羞恥とリスペクトをもって語れる奴、
どっちが愛せるかっていったら、わかるよね?
つまりそういうお話。
今回は、昭和の日特別バージョン。
- 文 / DJ嶋田のぶんぶん
- 編集・題字 / 山若将也
笠置シヅ子「買い物ブギー」
「ほしいものが、ほしいわ。」
コピーライター糸井重里の代表作としても名高い、
1988年の西武百貨店のキャッチコピー。
それは社会の中に「ほしいもの」が確かに存在した、
昭和という一つの時代の終わりを、 軽やかに予言した鼻歌でもある。
翌1989年の1月7日、 昭和天皇が崩御により、昭和は幕を下ろす。
この年、紅白歌合戦の平均視聴率は、 はじめて50%を割った。
平成26年4月30日(火)、昭和の日。 70の齢を迎えんとする父が、
“スマホ”が欲しいと言いだした。
「スマホっていうやつ、あるやろ。あれ、欲しいんよ。どれ買うたらええと思う?」
父よ、どの機種であろうと変わりはございません。
短気なうえ、普通の携帯電話でさえ使いこなせていない。
その父がスマートフォンを持つ。 電話をかけるだけでも、
タッチパネルが上手く操作できず、癇癪を起こす。
そんな様子が目に見えている。
そもそも、メールもネットも使わない父にとって、
“スマホ”などを持つ必要性はまったくない。
そのことは、本人も十分に承知している。
「別にいらんのやけどな」
それでも、「もう、買うんよ!」と言い張り譲らない。
「だって、みんな持ってるんよ」
別にいらないけれども、買う。 なぜなら、みんなが持っているから。
そう、うちの父は、とにかく“みんなが持っている物”にこだわる。
スマートフォン自体ではなく、皆が持っている物が欲しいのであり、
今回はそれがスマートフォンだった。
それには、父の前半生が大きく影響している。
昭和19年、3人兄弟の末っ子として生まれた父は、
幼くして父(わしにとっての祖父)を亡くす。
日本全体がまだ戦争の傷跡が癒えない貧しい時代の中にあっても、
一家の大黒柱を失い3人の子どもを抱える母子家庭は、 ひときわ貧しかった。
小さな頃は3輪車を買ってもらえず、兄弟3人
近所の子供の3輪車に代わる代わる乗せてもらって
いたことを、父は今でも覚えている。
高校生になると、中学時代と同じ野球部に入るも、
部員皆が払う遠征費が工面できず、結局1年生の途中で退部する。
(それでも、数年前に母校の野球部が何十年ぶりかに甲子園への
出場を決めた折には いたく喜び、数十万の寄付金を贈った)
高校時代の成績は悪くなかった、むしろ校内でも上位の部類に入り、
教師からは進学を勧められるも当然そのような余裕は無く、
就職した会社では、どれだけ営業の成績を上げようとも、
大卒の肩書が無いために、出世の道は半ばで閉ざされた。
3輪車から始まり、部活、大学、出世。
そして、それらを可能にしたかもしれない、父親の不在。
みんなが持っている物が、父の手には入らなかった。
結果的には、出世の道が閉ざされために 脱サラを決意したことが、
父の人生の転機となる。 40歳を目前に起業した会社が大きくなるにつれ、
周囲のみんながつけているロレックスの時計を買い、
みんなが乗っているクラウンを買った。 みんなの家にある応接間を欲しがり、
普段生活しているマンションの部屋とは別に、 もう一部屋を応接間用にと購入した。
みんなが持っている物を買う。
それは子供に対しても同じで、小さな頃は「みんなが持っている」とねだれば、
大抵の物は買ってくれた。 決して贅沢を好むというわけではない。
(もちろん、贅沢をしていないという意味では無いが) “みんなが持っていない物”は、
父の中で贅沢品としてカテゴライズされる。 だから、
周囲のみんなが乗っていないレクサスは 欲しい気持ちも
無いわけではないが、買わない。
みんなが持っている物が、不自由なく手に入る生活。
それが、父が人生を通じて追い求めたものだ。
いや、それは何もうちの父だけではなく、 おそらくは戦後から
昭和の高度経済成長期にかけて、 多くの父たちが憧れ、やがては
一億総中流と呼ばれる時代を 創りだした原動力だったのでは無いだろうか。
そこでは、社会の中に「みんなが欲しい物」が そして、ほぼ同時に
「みんなが持っている物」が、 確かに存在していた。
「みんなが口ずさめる歌」が歌われ、「みんなが憧れるくらし」に憧れることができた。
ああ、昭和は遠くなりにけり。
日本レコード大賞から、続く紅白歌合戦の 平均視聴率が70%を超えた
時代は二度と戻らない。 友達のゲームボーイが羨ましくて、 父にねだった
子ども時代が 二度と帰ってはこないように。
しかし、とにかく今、うちの父は「スマホっていうやつ」が欲しい。
「だって、みんな持ってんのや」 平成の世、父はおそらくスマホを買う。
時計や車や応接間とは違い、 父にとってはもはや、 よく分らない物だとしても。
欲しい物が、欲しいということ。
昭和と平成が どれだけ離れていったとしても。
以上が今回のDJ嶋田のぶんぶんのポップス50音順。
相も変わらず、「あ」からはじまり「ん」で終わるまで、
その文字からはじまる国産ポップスを紹介する 第6回にして、
昭和の日の特別編「か」を お送りしました。
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